top of page

世界の自称独立国家③ ビートルズが弟子入りした人が創設者、世界平和国

  • 5月23日
  • 読了時間: 6分

建国:2000年10月7日 / 場所:国境なし・世界全土 / 現元首:トニー・ネイダー博士

「国境のない国」という言葉がある。比喩として使われることが多いが、これを文字通り実行に移した人物がいる。

マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー。超越瞑想(TM)の創始者にして、かつてビートルズが弟子入りを求めてインドまで会いに行った精神的指導者だ。2000年10月7日、彼は「世界平和国(Global Country of World Peace)」の建国を宣言した。領土はない。国境もない。しかし独自の通貨を発行し、国王を戴き、120カ国以上に1,200を超える「大使館」を持つ。

これは国家なのか、宗教団体なのか、それとも壮大な理想主義のパフォーマンスなのか。その問いへの答えは、この国を知れば知るほど、複雑になっていく。


ビートルズが弟子入りした男

世界平和国を理解するには、その創始者を知らなければならない。

マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーは、1918年頃にインドで生まれた(正確な生年は不明)。ヒンドゥー教の伝統的な瞑想法を現代に応用し、1957年に「超越瞑想(Transcendental Meditation)」を世界に向けて広め始めた。マントラと呼ばれる言葉を心の中で静かに唱え、意識を深めるというこの手法は、ストレス軽減や創造性の向上をもたらすとされ、科学的な研究も積み重ねられていった。

彼の名が世界中に轟いたのは1967年のことだ。ビートルズの4人がロンドンでの講演に参加し、その後インドのリシケシにあるアシュラム(修行場)を訪れた。ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター——世界で最も有名なバンドが、インドの一人の僧侶に弟子入りした。この出来事はメディアを通じて世界中に報道され、超越瞑想は一躍「時代の精神」の象徴となった。

その後、諸般の事情でビートルズはアシュラムを去ったが、マハリシの影響は消えなかった。マイケル・ジャクソン、デミ・ムーア、ダイアナ・ロスなど、続々と著名人が超越瞑想の実践者となり、彼の教えは世界中に広まっていった。


「国境のない国」の誕生

2000年10月7日、マハリシはヴィジャヤダシャミー(インドの勝利の祭日)に、世界平和国の建国を宣言した。

「平和を愛するすべての人のための、国境のない国」——それが彼の言葉だった。

この国は、超越瞑想運動の40年以上に及ぶ世界展開を「国家」という形に昇華させたものだ。ただし、普通の国家とはまったく異なる論理で動いている。

世界平和国の「安全保障」は軍隊ではなく、瞑想によって担われる。一定数の人々が集まって同時に瞑想(特に「TMシディ」と呼ばれる高度な技法)を行うと、周辺地域の犯罪率が下がり、社会の調和が増すという「マハリシ効果」が実証されているとマハリシは主張した。これに基づき、世界平和国は「ヨーガ空中浮揚実践者(Yogic Flyers)」を平和維持部隊として各地に配置するという構想を持っている。

外部からは懐疑的な目で見られることも多いが、研究者たちによる複数の査読付き論文がこの効果を支持しているとも報告されており、単純に「非科学的」とも言い切れないのが実情だ。


国土を買いに行く——交渉の記録

「国境のない国」とはいえ、マハリシは物理的な領土も真剣に求めていた。

建国直後の2000〜2001年にかけて、世界平和国はアフリカ、アジア、ラテンアメリカの複数の国政府に接触し、土地の取得を試みた。その中でも特に有名なエピソードが、スリナムとツバルへの提案だ。

スリナムへは2000年11月、3,500エーカー(約14平方キロ)の農地を200年リースで借りるかわりに「30億ドル相当の支援と1万人の雇用創出」を申し出た。しかしスリナム政府はこれを拒否した。

翌2001年、今度は南太平洋の小島国ツバルに「バチカンのような主権都市国家」の創設を提案したが、ツバルも同様に断った。こうして物理的な領土の取得は実現しなかったが、活動の拠点は形成されていった。


マハリシ・ヴェーディック・シティ——地上の楽園都市

2001年、世界平和国はアメリカ・アイオワ州フェアフィールドに「マハリシ・ヴェーディック・シティ」を設立した。

これは事実上の首都にあたる場所だ。古代インドの建築思想「ヴァーストゥ・ヴィッディヤー(ヴェーダ建築)」に基づく建物が立ち並び、独自の通貨「ラーム」が流通し、市議会も設置されている。有機農法によって生産される食料、ヴェーダに基づく医療、TMシディの実践者からなる「自然安全保障局」——一般社会とは異なる原理で動く、完結したコミュニティだ。

この都市は現在もアイオワ州の法的管轄下に置かれつつ、独自の自治を実践している。普通の街とも宗教施設とも異なる、独特な空間として存在し続けている。


通貨ラームと「平和宮」計画

世界平和国が発行する通貨「ラーム(Raam)」は、実際に地域内で流通していた。発展途上国の経済支援という理念のもとに設計されたこの通貨は、フィナンシャル・タイムズにも取り上げられた。

また、世界各地の主要都市に「平和宮(ピース・パレス)」を建設する計画も進められた。ヴェーダ建築の様式に従った施設を、アメリカ国内だけで18都市以上に整備しようとしたが、用途地域規制などの問題で多くが遅延した。2007年にはオハイオ州メイフィールドハイツ市が建築を拒否したとして、世界平和国が法的措置を取るという出来事もあった。

それ以外にも、2005年にはニューヨーク州ゴーシェンに800エーカー超の農場を4ドルで購入(!)し、有機農場と平和宮の建設地とした。


マハリシの死後——神経科学者が「国王」となった国

2008年2月、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーは91歳(推定)でこの世を去った。すべての行政活動からの引退を宣言して間もなく、静寂の中で息を引き取った。

後継者として世界平和国を率いるのは、レバノン出身の神経科学者・医学博士トニー・ネイダー。マハリシによって「初代国王ラージャ・ナーダー・ラーム」に任命された彼は、現在は公式には「博士」の肩書きで世界平和国を率いる。世界120カ国、1,200以上の教育・瞑想センターを統括し、超越瞑想の普及と「意識のテクノロジー」による世界平和の実現を目指して活動を続けている。


この国が問いかけるもの

世界平和国は、ミクロネーションの中でも異色の存在だ。

シーランドには鉄の要塞がある。タロッサには独自言語がある。しかし世界平和国には、それらの代わりに「意識」がある。国境も、固定した領土も必要ないという前提に立ち、人間の内面の変革が世界を変えると主張する。

それを「壮大な理想」と見るか、「現実離れした妄想」と見るかは、人それぞれだろう。ただ、超越瞑想の実践者は世界中に数百万人いるといわれ、ビートルズが訪ねてからでもすでに60年近い時間が流れている。「平和を内側から作る」という問いは、今もこの国の旗の下で、静かに問われ続けている。

コメント


bottom of page