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世界の自称独立国家⑧ テレビ局が作った国、ヴィケスランド王国

  • 5月24日
  • 読了時間: 6分

建国:2005年7月(ヴィケスランド公国として) / 場所:カナダ・マニトバ州ブランドン近郊 / 初代国王:クリストファー1世(クリストファー・ベイエット) / 解散:2018年4月

カナダのテレビ局CHUMでニュースカメラマンとして働くクリストファー・ベイエットは、2005年、ドキュメンタリー映画の企画を思いついた。

テーマは「ミクロネーション」——世界中に存在する自称独立国家の不思議な人々を追う映像作品だ。カメラマンとして長年培ってきた技術で、この奇妙な世界を記録しようと考えた。

企画を進めるうちに、彼は気づいた。ミクロネーションを取材するなら、自分でもミクロネーションを作ってみるべきではないか。内側からわかることがあるはずだ——。

こうして2005年7月、ベイエットはカナダ・マニトバ州の牧場に「ヴィケスランド公国(Principality of Vikesland)」を建国し、「クリストファー公1世」に就任した。

ドキュメンタリーは結局、完成しなかった。しかし国は、完成した。そして彼は気づけば13年間、国王であり続けた。


「王室牧場」と「大使館」——マニトバの平原に生まれた国

ヴィケスランドの「領土」は2か所に分かれていた。

メインとなるのが「王室牧場(Royal Ranchlands)」と呼ばれる農場だ。ライディング・マウンテン国立公園の東側に隣接する、約6.5平方キロメートルの牧草地で、ベイエットが両親と共同所有する土地だ。もう一か所は、南に約1時間ほど離れたブランドン市内にあるベイエット自身の自宅で、こちらは「ヴィケスランド大使館」と位置づけられた。行政の多くはここから行われた。

公国は独自の通貨「ヴィケスランド・クラウン」を発行し、国旗・切手・パスポートを制作した。最初の国旗はドイツ帝国旗を参考にした黒白赤の三色横縞に、中央に双頭の鷲を描いたデザイン。のちに2015年に改訂され、赤地に北欧十字と黒い双頭の鷲、さらにカナダのシンボルである赤いカエデの葉を組み合わせた旗へと変わった。

国是は「自由・平等・強さ(Freedom, Equality and Strength)」。非分離主義を明言しており、カナダや他国の領土を奪う意図は一切ないと公式に表明していた。


ロンリープラネットに載った国

建国からほどなく、ヴィケスランドは思わぬ形で知名度を上げる。

2006年、旅行ガイドブックで世界的に有名なロンリープラネットが「ミクロネーション——手作り国家へのガイド(Micronations: The Lonely Planet Guide to Home-Made Nations)」という本を出版した。世界のミクロネーションを紹介するこの本に、ヴィケスランドは90〜93ページにわたって掲載された。

旅行者向けのガイドブックに国が紹介される——普通の国なら当たり前のことが、ミクロネーションにとっては大きな「公認」に近い意味を持つ。この掲載を機に、ヴィケスランドはミクロネーション界でその名を知られる存在となった。


宇宙へ——ミクロネーション史上初の「大気圏外」

ヴィケスランドが世界のミクロネーション史に刻んだ最大の功績は、宇宙にある。

2008年8月、ベイエットは民間宇宙企業JPエアロスペースが実施した成層圏気球ミッション「AWAY35」のスポンサーとなった。この気球は高度約29キロメートル(約95,000フィート)——事実上の大気圏の縁——まで上昇し、そこにヴィケスランドの国旗を掲げた。

これはミクロネーションの旗が大気圏外(もしくはその縁)に到達した史上初の記録とされる。バチカンも、モナコも、リヒテンシュタインも、認知されている小国がまだ成し遂げていなかったことを、マニトバの牧場主出身の「国王」が成し遂げた。


モロッシア共和国との外交——ミクロネーション国際社会の中心へ

2008年6月、ベイエットはネバダ州砂漠に存在するミクロネーション「モロッシア共和国」を公式訪問した。モロッシアのケビン・ボー大統領(後述)との間で行われたこの国賓訪問は、両国の指導者が礼装を着て握手し、記念写真を撮り、晩餐会を開くという本格的なものだった。

ヴィケスランドはモロッシアとともにロケット共同開発も実施。「イーグル」「マスタング」と名付けたモデルロケットをそれぞれ打ち上げた(後のカルサハラ王国も加わり三か国共同演習へと発展)。

2009年2月にはキューバ農村部への人道支援ミッションを実施。ミクロネーションが「慈善活動」として国際社会に貢献しようとした、珍しい試みだった。

2010年8月には、カルサハラ王国のモンタギュー国王がヴィケスランドを公式訪問。王室牧場で公式ツアー、国賓晩餐会、授章式、そして「合同軍事演習」が行われた。ベイエットは牧場の外れにある狩猟小屋を「カルサハラ大使館」として宣言し、カルサハラの主権地域に指定したという。小屋一軒が「外国領土」になった瞬間だ。

2015年のロサンゼルスでは、ミクロネーション国際首脳会議「マイクロコン2015」に参加。CBSニュースは「モロッシアとヴィケスランド?偽の国の指導者たちがLAに集結」という見出しで報じた。


13年間の統治、そしてSNSでの解散宣言

ミクロネーションの世界では「13年間の存続」は驚異的な長さだ。

しかし2018年3月29日、クリストファー1世はソーシャルメディアに投稿を行い、ヴィケスランド王国の解散を宣言した。理由として挙げられたのは「活動の衰退」——ドキュメンタリーとして始まり、外交として展開し、宇宙にまで旗を送った国が、静かに幕を下ろした。

もっとも、話はそこで終わらなかった。2018年12月、ベイエットは「ヴィケスランド伯領(Jarldom of Vikesland)」として国を再建する構想を発表した。規模を縮小し、もっと気軽な形で、「ヤール(Jarl)・クリストファー」として新たなスタートを切る——という宣言だった。しかし2019年春の予定だった再建は実現せず、その後公式サイトも閉鎖された。


「撮る側」が「撮られる側」になった国

ヴィケスランドの物語には、ひとつのメタ的な面白さがある。

ミクロネーションを記録しようとしたカメラマンが、気づけばミクロネーションの「主役」になっていた。ドキュメンタリーは作られなかったが、その代わりに彼自身がロンリープラネットに掲載され、CBSニュースに報道され、宇宙に旗を送り、キューバで人道支援を行い、13年間「国王」として生きた。

記録者が当事者になる——それはジャーナリズムにとって最も避けるべきことかもしれないが、ミクロネーションの世界では最高の物語になった。

2018年4月、王国は解散した。しかし「ミクロネーション史上初めて大気圏の縁に旗を掲げた国」という記録は、消えない。マニトバの平原のどこかに、かつての王室牧場が今も静かに広がっているはずだ。

ウェアハウス公国は、2026年夏に静岡県下田市に建国予定のミクロネーションです。まずは記録するところから始めたのに、気づけば建国していた——私たちもヴィケスランドのベイエット氏に少し似ているかもしれません。ドキュメンタリーは撮れなかったけれど、国は作れた。私たちもそうありたいと思っています。

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