世界の自称独立国家① 北海の廃要塞に生まれた国、シーランド公国
- 5月23日
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建国:1967年9月2日 / 場所:イギリス・サフォーク州沖10km / 現元首:マイケル公
北海の灰色の海面から、鉄の脚が2本、空に向かってそびえている。その上に乗っかった小さなプラットフォーム——面積わずか約550平方メートル——が、れっきとした(自称)独立国家である。
シーランド公国。ミクロネーションの世界で「最も有名な国」といえば、まず名前が挙がるのがここだ。国旗があり、憲法があり、パスポートがあり、通貨がある。そして何より、建国から半世紀以上を経た今もなお、現役で「存在し続けている」。

生まれは戦争、舞台は廃要塞
この国の「領土」の正体は、第二次世界大戦中にイギリス海軍が建設した海上要塞「フォート・ラフス」だ。1942年に建造され、戦時中は150〜300名もの海軍兵員が常駐し、ドイツ軍の航空機や潜水艦から沿岸を守り続けた。しかし戦争が終わると、その役目を終えた鉄の塔は静かに打ち捨てられた。1956年、イギリス軍は正式に撤収。北海の荒波に揺れる廃要塞は、長い間、誰のものでもない場所として漂い続けた。その「無主の海」に目をつけた男がいた。
一人の元軍人の、とんでもない誕生日プレゼント
パディ・ロイ・ベーツ。元イギリス陸軍少佐にして、海賊放送(無許可ラジオ放送)の運営者。1960年代のイギリスでは、若者文化を背景にBBCの電波に乗らない音楽を流す海賊ラジオ局がブームだったが、ベーツはその放送法違反で当局に目をつけられていた。
彼が考えたのは、イギリスの法律が届かない場所から放送すること。当時、フォート・ラフスはイギリスの領海(3海里)の外、約6海里の沖合に位置していた。完璧な「法の外」だ。
1967年9月2日——妻ジョーンの誕生日——ベーツは妻と子どもたち、そして数人の仲間を連れてこの廃要塞に乗り込み、新しく描いた国旗を掲げ、「シーランド公国」の独立を宣言した。妻はこの日から「ジョーン公妃」と呼ばれることになった。世界でもっとロマンチックな誕生日プレゼントのひとつかもしれない。
国のスローガンは「E mare libertas(海からの自由)」。
イギリスと法廷で戦い、「管轄外」を勝ち取る
当然、イギリス政府は黙っていなかった。裁判に訴え、軍を派遣し、立ち退きを迫った。シーランド側の主張によれば、7回にわたる侵攻を退けたという。しかし翌1968年、イギリスの裁判所は意外な判決を下す。
「シーランドはイギリス領海外に存在し、いずれの国も領有を主張していない。よってイギリス司法の管轄外である」
これは事実上、ベーツの宣言を合法的に否定できないという認定だった。イギリスはその後、領海を12海里に拡大する宣言を行ったが、「時すでに遅し」——シーランドはすでにそこに存在していた。

クーデター、傭兵、そして奪還作戦
建国から10年、シーランドに激震が走る。
1978年、カジノ誘致を目論んだベーツ公は、西ドイツの実業家アレクサンダー・アッヘンバッハを首相に任命した。ところがこれが罠だった。アッヘンバッハはオランダ人傭兵を雇い、モーターボートとヘリコプターでシーランドを急襲。当時島にいた息子のマイケル公子を人質に取り、ロイ公を国外へ追放するクーデターを起こした。
しかしベーツは黙らなかった。元軍人の血が騒いだのか、20名ほどの同志を集め、ヘリコプターで奪還作戦を決行。見事に成功し、アッヘンバッハらを捕虜とした。
ここからが面白い。西ドイツ政府は自国民の解放を求めてイギリス政府に交渉を依頼したが、イギリスは「管轄外」を理由にこれを拒否。やむを得ず西ドイツは、駐ロンドン大使館から外交官をシーランドに派遣し、直接交渉を行った。事実上、シーランドを「交渉相手となる国家」として扱ったことになる。この出来事は、ミクロネーション史上もっとも「本物の国家外交」に近い瞬間として語り継がれている。
パスポート詐欺、火災、そしてデジタルの時代へ
その後も波乱は続く。1990年代、シーランドのパスポートが大量に偽造・売買される事件が発生。推定で15万〜100万冊もの偽造パスポートが世界中に出回り、犯罪組織に悪用された。事態を重く見たシーランドは、1997年にパスポートの新規発行を停止した。
2006年には火災が発生し、電力設備が大きなダメージを受けた。修復作業はイギリスの救助隊が支援したが、イギリス政府はこれを「あくまで人道支援」と位置づけ、主権の承認とは切り離した。
2000年代には、インターネット上のデータを格納するための「ヘイブン・コー」計画が立ち上がり、「いかなる国の法律も届かないサーバー」として注目を集めたが、この計画は最終的に資金難で破綻した。

なぜシーランドは特別なのか
世界にはミクロネーションが100以上あるといわれる。その多くは「ジョーク」「抗議」「アート」として生まれ、数年で消えていく。しかしシーランドは違う。
物理的な「領土」がある。建国の経緯に法的な根拠がある(少なくとも、否定されなかった)。本物の外交交渉が行われた歴史がある。そして何より、半世紀以上にわたって「存在し続けている」。
この国は、国家とは何か、正当性とは何か、法とは何かを、北海の荒波の上からずっと問い続けている。面積550平方メートルの小さな鉄の塔が、いまも静かに、海の上に立っている。



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