世界の自称独立国家② 14歳の少年が寝室で建てた国、タロッサ王国
- 5月23日
- 読了時間: 5分
建国:1979年12月26日 / 場所:アメリカ・ウィスコンシン州ミルウォーキー / 現元首:チェク1世
「国をつくる」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。広大な土地、軍隊、革命、宣言。そういうドラマチックなものを想像するかもしれない。
しかしタロッサ王国の建国はもっと静かだった。1979年の冬、ウィスコンシン州ミルウォーキーに住む14歳の少年が、自分の寝室を「独立国家」と宣言した。それだけだ。
その国は今も存在する。45年以上が経った今も、選挙が行われ、法律が制定され、独自の言語が話され、200人以上の「国民」がいる。

悲しみの中で生まれた国
建国の日は1979年12月26日——クリスマスの翌日。ロバート・ベン・マディソン少年が国を宣言したのは、母親が亡くなってまもない頃のことだった。
深い悲しみの中で、彼は何を思ってこの行動を取ったのか。記録は多くを語らない。ただ、歴史好きで言語に興味を持ち、政治や文化に夢想を抱いていた少年が、自分だけの世界を作ろうとしたことは確かだ。
国名は「タロッサ(Talossa)」。フィンランド語で「家の中」という意味だ。最初の領土が自分の寝室だったから——それだけの理由で選ばれた、正直すぎる国名である。
手書きの新聞と、12人の国民
建国当初、タロッサ王国の国民はマディソンの親戚と知人、合わせて約12人だけだった。
それでも彼は国を「運営」し続けた。手書きの新聞を発行し、国旗をデザインし、国章を描いた。誰かに頼まれたわけでも、注目されたわけでもなく、ただ自分の中の衝動に従って。政党をつくり、選挙を行い、法律を定めた。外から見れば「ごっこ遊び」に見えるかもしれないが、そこには本物の真剣さがあった。
やがて彼は、タロッサ語(El Glheþ Talossan)という独自言語の開発を始める。
一人の少年が言語を発明した
タロッサ王国の最大の驚異は、独自の言語だ。
マディソンが1980年から開発を始めたタロッサ語は、フランス語やオック語などのガロ・ロマンス語族を主なベースに、スペイン語、カタルーニャ語、北米先住民の言語、さらにはケルト語まで取り込んだ「構築言語(コンラング)」だ。現在、その語彙数は3万5000語以上(派生語を含めれば12万語以上とも)に達し、文法書と辞書が整備され、言語管理委員会まで存在する。
たとえば「fieschada(フィエシャーダ)」という単語がある。意味は「一目惚れ」。英語にも日本語にも対応する単語はあるが、タロッサ語はそれを一語で表す独自の言葉を持っている。
国際標準化機構(ISO)は、タロッサ語に言語コード「tzl」を付与している。架空の言語が国際規格で認定されているのだ。
インターネットが国を変えた
1990年代半ば、タロッサ王国は転機を迎える。
ニューヨーク・タイムズやWIRED誌がタロッサを取り上げ、ウェブサイトへのアクセスが爆発した。数十人の新しい「国民」がインターネット越しに加わり、王国は一気にグローバルな存在になった。ミルウォーキーの一少年の寝室から始まった国が、世界中の人々を巻き込む共同体へと進化したのだ。
この時期、マディソンは「ミクロネーション」という言葉の生みの親は自分だと主張し始めた。その真偽はともかく、タロッサがミクロネーション文化の先駆けのひとつであることは間違いない。
また、タロッサの主張する領土も年々拡大していった。最初はミルウォーキーの一区画(「大タロッサ地域」と呼ばれる)だったが、やがてフランスのセザンブル島、そして南極大陸のマリー・バード・ランドにまで領土主張が及んだ。南極の領土はタロッサ語で「ペンギンの土地」を意味する「Pengöpäts(ペンゴパッツ)」と名付けられている。
分裂、退位、そして再統一
成長するにつれ、王国は内部の摩擦も経験した。
2004年、国内の対立から反体制グループが離脱し、「タロッサ共和国」を建国。王国は分裂した。そして2005年、創設者マディソン自身が、移住手続きをめぐる論争の末に退位を宣言。驚くべきことに、後継者として指名したのは自分の8歳の孫息子だった(のちにジョン・ウーリーが国王ジョン1世として即位)。
さらにマディソンは、2007年頃に「王国を解散する」と宣言。しかし国民たちはこれを拒否し、王国の再建を進めた。建国者に国を解散させてもらえなかった——これもまた、ミクロネーション史上稀有なエピソードである。
2019年、マディソン自身がタロッサ市民権を申請したが、これは却下された。自分が作った国に市民として受け入れてもらえなかった建国者という、なんとも複雑な結末だ。
2012年には王国と共和国が再統一を果たし、現在は「タロッサ王国」として一本化されている。現国王はチェク1世(Txec I)。
今のタロッサ:「本物の国家」で得られないものを求めて
現在のタロッサ王国には200人以上の市民がいる。彼らは世界各地に散らばりながら、オンラインで政治に参加し、タロッサ語を学び、紋章をデザインし、法律を制定する。
公式サイトには「タロッサ中毒に注意。でも良い中毒だ。呼吸みたいなもの」という言葉がある。ある市民はこう言った。「タロッサは法律を書き、新聞を出し、選挙に出馬し、世界中の人と友達になれる場所だ。本物の国家では絶対にできないことが、ここではできる」。
「家の中」から世界へ
タロッサ王国は、国家の本質について問い続けている国だ。
土地がなくても国は作れる。軍隊がなくても国は続けられる。言語は一人の少年でも発明できる。選挙は200人でも真剣に行える。そして国民は、地球上のどこにいても市民であり続けられる。
フィンランド語で「家の中」を意味する小さな国名は、今や世界の人々が集う場所になった。寝室の壁を越え、ミルウォーキーの街を越え、インターネットの海を渡って——タロッサ王国は今日も、静かに「存在」し続けている。



コメント